みなさんは、何をしていましたか?
あの日、あの時を覚えていますか?
何が起こっていたのか、知っていますか?
あの場所、兵庫県で。。。
阪神・淡路大震災
あれから13年の月日が経ち、先日、またメディアでも多く取り上げられていました。
あの日、あの時・・・
13年目のニュースきっかけに、私自身、被災地から離れた名古屋で何をしていたか思い出そうとしましたが、どうしても思い出せませんでした。
ただ、テレビから流れる崩れた家、焼けた町・・・その映像を、現実感のないまま見ていたのは覚えています。
漠然とした恐怖心と不安感とともに。。。
我が家を建てようと思ったときに、どんな家にしたいのか聞かれた時に真っ先に出てきたのが、『地震と水害に強い家』でした。
水害に強い家という希望は、過去に東海豪雨を経験しているため。
そして、地震に強い家にしたいという希望は、阪神淡路大震災の映像を見たときの恐怖心が心のどこかに残っていたことと、やがて来るといわれている東海地震への不安感からです。
そうして建てた我が家ですが、「絶対に大丈夫」とは、”絶対に”言えません。。。
実家が水害にあったときにも、なぜだか家の中に水が入ってくるまで家族の誰もが「大丈夫」だと思っていました。
それでも、被害にあってしまったのですから。。。
突然襲ってくる、自然災害。
おそらく、それから確実に逃れられる方法はありません。
それでも・・・その中で、大切な人と自分自身を守りながら生き抜く方法はあるのかもしれない。
過去に経験されてこられた方の、生の声を聞くことで、その方法が見出されるんじゃないかって思います。
ブログ仲間で、阪神・淡路大震災を神戸市灘区で被災され、ご実家が全壊されながらも、ご家族全員無事で、生きぬかれてこられた方がいらっしゃいます。
『夢現! 33歳年収600万のサラリーマンが芦屋に家を建てるまで』というブログを書かれているリックルハングさん。
先日、阪神・淡路大震災を被災された時の体験を、ブログに書き始められました。
『私だけは大丈夫、そう思ってました〜震災手記〜』
すでに5話まで書かれていますが、どうぞ1話からご覧になってください。
もしかしたら実際に被災された皆様にとっては、その時のことを鮮明に思い出される、辛い内容かもしれません。。。
報道されていない、阪神・淡路大震災の光景。
あの日、あの時、あの場所で起こっていたことが、生々しく描かれています。
私たちは今、実際に被災しているわけではありません。
でも、震災手記を読むことで、それを想像し学び、備えることができます。
また、同時に運営されている『避難袋ドットコム 「非常持ち出し袋」専門の通販サイト』でも、非常袋についてとても大切なことが書かれていました。
●”靴と靴下”を非常持ち出し袋に入れておくこと
●目が悪いなら、”メガネ”も袋に入れておくこと
●持病があるなら、”薬”も袋に入れておくこと
●非常持ち出し袋は寝室に置いておくこと、玄関ではない
(『避難袋ドットコム 「非常持ち出し袋」専門の通販サイト』より抜粋)
どうか皆さん、知っておいてください。
知って、想像し、考え、備えてください。
私も、そうします。。。
被災され、お亡くなりになられた方たちへ哀悼の意を表するとともに、
被災された皆様の心の傷が一日も早く癒えることを、
深くお祈り申し上げます。














